【Interview】”自分の魂を捧げるための大きなマスタープランを持っているんだ。 だって今は、サポートする人がいるからね” King Krule 自身の功績と今後について語る

今年2月に待望のニューアルバム『Man Alive!』をリリースしたイギリス、ロンドン出身のミュージシャンKing Krule(キング・クルール)

あまり多くメディアに露出しない彼だが、
今回貴重なインタビューがi-Dにて公開された。
若者たちの代表的なアーティストになるまでの経緯、
そしてこのパンデミック渦中のなか、
King Kruleは何を思うのだろうか?


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今のイギリスの若者たちのムードを、レコード1枚で表現できるとしたら、
それは落ち着きがなく、不安で、つまらない夏と大きな金融危機を目の前にしている世代に語りかけるものだ。

2月にリリースされた『Man Alive!』は、コロナウイルスの流行がヨーロッパを襲った時に、ほぼ同時期にリリースされたもので、過去1年間で世代の代表になったKing Kruleという名前にふさわしく、その地位を築くことに成功した彼の新たな10年の始まりとなった。

数ヶ月後、毎日が淡々と流れ、無気力と恐怖の間で揺れ動く中で、
King Kruleの控えめなメランコリーは、彼の作品の特徴であるが、
今作『Man Alive!』はこれまで以上に真実味を帯びていて、
これまでにないほど時代にあった作品に感じられる。

アルバムのリードシングル”(Don’t Let the Dragon) Draag On“では、
「ここは夢見てた世界じゃない」と嘆く以前に、
「ブルージャイアンツも同じように感じると思うか?」と尋ねる。

私たちはペッカム・ライの空きハブで話している。
世界保健機関(WHO)は数時間前に、コロナウイルスは世界的な流行病(パンデミック)だと宣言した。
会話の始まりと終わりは、今後何が起こるかわからなく、彼のツアーの見通しもあまり良くない状況だった。
しかしArchy Marshall(King Krule)は平然としている。

“狂犬病の防護服を着なければならないかもしれない”

と彼はゆっくりとした口調で言った。
しかし、この数日のうちに、全ての日程がキャンセルされることは不可避であろう。

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『Man Alive!』の制作は、Archyの前作『The OOZ』のツアー中に始まった。

“本当に良い気分だったし、良いインスピレーションを受けたよ。
なんでもできる気がしたし、自分が作っている作品が好きだったんだ。
家にあるスタジオのセッティングも良かったし、全てが良い音だったんだ。
だから勢いが無くなったわけではないんだけどね、、、”

彼は語る。

“ある時、それを聴いていた時のことを思い出すんだけど、本当に興奮しなかったんだよね。
本当にもどかしい気持ちだった。だから1年以上かけて、また自分を奮い立たせようと思ったんだ。”

今では完成し、世に出て(批評家からも絶賛されている)、彼はもう聴く必要がないと言う。

“何でもそうだけど、何かを作る時は、それに多くの時間を費やすんだ。
三次元的な意味で、その奥深くのいるような気がするんだ。
リスナーがストレートに二次元的に理解するには、何年もかかるんだよ。
でも、ここから北西に向かう電車の中でよく聴いたんだ。
その旅にはぴったりなサウンドだったね。”

と彼は言う。
彼は故郷である南ロンドンに戻ってきた今、自身の作品に対して、
常に考えさせられ、
南ロンドンは彼にとって良いインスピレーションを与えてくれる場所であり、
彼はここが最も居心地の良い場所だと感じているという。

“でも、俺はどこにでも家を建てて住むことができるんだ。屋根とベッドがあればそれでいいんだ”

と語っている。
批評家から絶賛されたアルバムや、娘が誕生したにも関わらず、
2013年にデビューアルバム『6 Feet Beneath the Moon』のプロモーションでi-Dの表紙を飾って以来、Archyに大きな変化は見られないようだ。

“人々が誰かのことについて忘れることは、日常茶飯事だと思うんだ。
人は、「もう何について書く必要があるんだ?あなたはお金を持っているし、もっとお金を手にするし、少しは楽になったでしょう」
て言うんだけど、
多くの人は、それが、まあ変わらないものもあるってことに気付いてないんだよね。”

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彼と彼の音楽との間にあるこの空間は、大きくなっていないのかもしれないが、それでも確実に音楽は変化している。
このインタビューに先立って行われた彼のツアーの六日間、
イギリス、パリ、ブリュッセルをめぐるツアーは新しい感覚を持っていた。

“ステージが変わったし、評価も変わった。俺が若かった頃はね、、、”

と、彼の最初のニックネームである”Zoo Kid”としてのツアーについて語っている。
初期のツアーは、本当に彼の心を壊すものだったと彼は語る。
なぜなら多くのキッズが彼のショーを見にきたが、キッズの大半は彼を真剣に受け止めていなかったからである。

“初期の頃は、ステージに立った間抜けな子供にしか見えなかったんだろうな、よくからかわれていた。
その後、『The OOZ』の頃には、キッズが大暴れしていて、俺はただ何もしなくて、ただ遊んで歌っているだけだったんだ。
だから今はちょっとした空白の時間にいるんだ。
このツアーは始まったばかりなんだけど、新曲はまた違ったパフォーマンスをしていて、少し控えめで、怒りをオープンにしていて、ヘビーにしているんだ。”

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Archyは自分をエンターテイナーだとは思っていない。
少なくとも最近まではそうではなかった。
しかし今、ツアーがキャンセルされたことによって、
彼の見方は少し変わってきた。

“俺はエンターテイナーじゃない。アーティストだと思っている。
楽しませたいとは思っていない。ただ、ウイルスのことを考えると、サッカーの試合を無観客でやっているようなもんだし、観客がいないとギグはできないんじゃないかって思ったんだ。観客のために演奏するわけじゃないけどね。”

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今年の夏に26歳になったKing kruleには進化する時間がたくさんある。
以前のアルバムのように『Man Alive!』は、その名前が反対の意味を示唆していたとしても、それは一種の賛辞である。
しかし、アルバムのラストソング”Please Complete Thee” でArchyはこう尋ねる。

“この地球が沈むまで長くはない”
“なあガール/俺を完成させてくれ”

と締め括っている。

父親になることを考えているのかもしれないし、助けを求めているのかもしれない、この先10年で彼が何を私たちに与えてくれるかと考えさせられる。

“いくつかアイデアはあるんだけど、みんながそれを鵜呑みにするかもしれないから、何も言うつもりはないよ”

と彼は言う。

“もっと作って、もっと作って、もっと書いて、、、
それが俺の唯一の得意なことなんだ。
でも、30歳になったら目立たないようにして、80歳になったらまた現れたいと思ってる。”

すでに次作の音楽が準備されているというKing Krule。

“次の曲は、俺とギターだけの曲になる。
これをライブで一人でやれるかどうかを考えていたんだ。
多分できると思うけど、、、”

と彼はまたもや言葉を失う。

“エド・シーランのみたいにビートボクサーを雇うことになるかもしれない。”

アーティストとしての彼とエド・シーランの類似点はそこだけかもしれないが、
子供が生まれてからArchyは新たな優先事項を持っている。

“俺は何かをしようとしているんだ。
何とも言えないけど、、後から話すよ”

“自分の魂を捧げるための大きなマスタープランを持っているんだ。
だって今は、サポートする人がいるからね。

彼女には残りの人生を楽しんで欲しいんだ”


インタビュー全文は、こちらから

出典:https://i-d.vice.com/en_uk/article/xg8gmd/krule-summer-how-king-krule-became-the-sound-of-a-generation


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